在原行平(ありわらのゆきひら)


 行平塚
 稲葉山には在原行平の墓だと伝えられている塚があります。 行平は、斉衡2年(855)正月に因幡国の国守に任ぜられ、4年後に任期を終えて京都に帰っています。 行平は歌が上手で、政治的に功績が多く、民部卿、中納言と出世して76歳で亡くなっています。 稲葉山の塚が行平の塚だとすれば、行平をなつかしむ土地の人々が建てたものでしょう。
 行平の歌の一つで百人一首にも選ばれた
「立ちわかれ、いなばの山の峰に生ふる松としきかば今帰りこむ」
という歌があります。 これは
「私はあなたと別れて因幡の国へ行っても、あなたの待っているという言葉を聞いたならばすぐにも帰って来ましょう」
という意味です。 行平が因幡守となって京都を出発するとき、別れを惜しむ妻にたいしてなぐさめた歌だとされています。

 またこの歌にはもう一つの解釈があります。 それは、行平が因幡にくる途中、播磨の浦(神戸市須磨)で潮を汲む美しい姉妹の松風、村雨をみそめて因幡国へ 連れてきました。
そして4年間一緒に暮らしました。
行平が京都に帰ることになったとき、この松風、村雨との別れを惜しんだ歌だという解釈です。
百人一首 




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