栃本廃寺跡
 東塔心礎
 栃本部落のはずれに直径、高さとも一メートルばかりの石が目に止る。これが、塔の心礎である。
 東塔心礎は長経百十センチで上面を平に削り中央に経三十五センチ、深さ十九センチの円孔と、その中にさらに直径十三 センチ、深さ八センチの舎利孔が作られている。
 西塔心礎は東のものより大きく、長経百八十センチで、円孔も四十九センチ、深さ二十センチあり、また舎利孔も直径十五 センチ、深さ十センチあります。
 七世紀の初め仏教が伝来した当時は寺院の中心は塔でありその心礎に仏舎利(釈迦の分骨)を納め心柱を立て七重、五重の塔を 作ったもので奈良時代前期に創建された寺に多く見られる。

 国府町には光良院、等ヶ坪等の古廃寺があるが、草深い大茅の地に仏舎利納入の小円孔を持つ古寺院が壮健されていたことは、仏教文化 の浸潤の深さを物語るものである。
西塔心礎 


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