国分寺の礎石
 天平13年、聖武天皇の勅願により創建された因幡国分寺は、今の国分寺部落がその寺跡である。 当時2丁4方の寺域には5重の塔をはじめ7堂伽藍が軒を連ね、常住する寺僧20人が朝に夕に梵鐘を鳴らして 鎮護国家を祈念したという。 以後国分寺は、奈良、平安、鎌倉の各時代を通して因幡、寺院の中心であったが幕府政治の台頭により国庁の 機能衰徴と共に頽廃するに至った。加うるに天正元年に山中鹿之助が甑山に布陣した際、国府町内にあった他の 神社仏閣とともに焼き払われ全く姿を消してしまった。 因幡国分寺では残った塔の礎石外数個を最勝山国分寺境内に保存し壮麗であった建物の昔時を偲んでいる。

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